エグゼクティブサマリー
本レポートの目的は、NBAの最優秀躍進選手賞(Most Improved Player, 以下MIP)の受賞者をデータで先読みすることにある。2010-11〜2024-25の過去15シーズンを俯瞰し、MIP受賞者に共通する統計的・環境的DNAを抽出、これを「MIPゲノム」として定義した。
結論は明快だ。MIPは「リーグ最高の絶対的価値向上」に与えられる賞ではない。平均24.1歳・キャリア4年目という特定のキャリア段階にある選手が、物語性を伴う劇的な飛躍を遂げたときに与えられやすい。飛躍の触媒は主に二つ──
1. トレードによる環境の刷新(新天地で役割拡大)
2. 権力の真空(主力の移籍・長期離脱による役割の継承)
本モデルは個人成績の伸びに加え、年齢・キャリア年数・役割変化・環境要因を統合評価する。これを2024-25全選手のデータに適用して2025-26候補をスクリーニングし、データ×物語性の強度でランク付けした。
第1章:MIP受賞者の解剖学──15年間の軌跡(2011–2025)
本章では、MIP受賞者の年齢・キャリア段階・パフォーマンス基盤を定義し、受賞者像をデータで輪郭化します。
1.1 デモグラフィック設計図──「機会の窓」の定義
2010-11のケビン・ラブから2024-25のダイソン・ダニエルズまでを検証すると、受賞者は新人でもベテランでもない特定のゾーンに集中します。平均年齢は約24.1歳、平均キャリア年数は4年目。この「MIPウィンドウ」は、ポテンシャルが具体的生産性に転化する過渡期にあたります。キャリア1〜2年目の伸長は「期待の範囲内」とされ対象外になりやすく(ジャ・モラントは希少な例外)、一方で27歳以降は伸びが漸減し、非線形のジャンプが起こりにくい傾向があります。キャリア3〜5年目(22〜26歳)は身体・スキル・ゲーム理解が収束し、投票者が「自然成長」ではなく著しい改善として認識しやすい時期です。
1.2 ブレイク前夜──飛躍の出発点
MIP受賞者は無名から突然現れません。受賞前年度のPPG・USG%・VORPをみると、多くが10〜17PPGの堅実なローテーションに到達済みです。持続性の観点では、3→18PPGのような増加はプレータイム拡張の影響と見なされやすい一方、14→24PPGのような伸びは役割・スキルの質的変化を示唆します。多くの受賞者は受賞2年前に“ミニジャンプ”を経験しており、そこに環境的触媒が投下され加速する、というパターンが見えます。
| シーズン | 選手 | 年齢 | キャリア | Pre MP | MIP MP | Pre PPG | MIP PPG | Pre USG% | MIP USG% | Pre VORP | MIP VORP | 触媒 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010–11 | ケビン・ラブ | 22 | 3 | 28.8 | 35.8 | 14.0 | 20.2 | 21.9 | 26.3 | 1.8 | 4.8 | 役割拡大 |
| 2015–16 | CJ・マッカラム | 24 | 3 | 15.7 | 34.8 | 6.8 | 20.8 | 17.7 | 27.1 | 0.2 | 2.6 | 主力大量移籍 |
| 2017–18 | ビクター・オラディポ | 25 | 5 | 33.2 | 34.0 | 15.9 | 23.1 | 21.4 | 30.1 | 0.4 | 4.9 | トレード |
| 2022–23 | ラウリ・マルカネン | 25 | 6 | 29.5 | 34.4 | 14.8 | 25.6 | 20.5 | 25.4 | 1.4 | 4.5 | トレード |
| 2024–25 | ダイソン・ダニエルズ | 21 | 3 | 22.2 | 33.8 | 5.8 | 14.1 | 12.1 | 18.5 | 0.8 | 3.2 | トレード |
第2章:「飛躍」の定量化──改善の統計的シグネチャー
本章では、MIPシーズンの具体的な統計変化を特定します。単なる集計の伸びを超え、BPMやVORPなど統合指標で飛躍を可視化します。
2.1 量か質か──MIPへの二つの道筋
量の飛躍(ボリューム・リープ)
USG%の大幅増(≧+5pt)に牽引されたPPG・FGAの急伸。役割拡大が明確で物語性が強い(例:イングラム、ランドル)。
質の飛躍(エフィシェンシー・リープ)
USG%の増分は小さくとも、TS%やWS/48が急上昇。選択の改善・スキル進化・システム適合による効率化。物語はやや間接的で少数派。
2.2 統合指標の指紋──VORPとBPMの重要性
PPGの増加は分かりやすいですが、価値の総体を捉えるにはBPMとVORPが不可欠です。鍵は絶対値よりも変化量(Δ)。例えば、VORP 0.5→3.5は階層の更新を意味し、MIPが評価する「改善」の核心を捉えます。
第3章:触媒──環境・物語が加速する
MIPは物語性の高い賞であり、ここで挙げる触媒が投票者の記憶に残るストーリーの核となります。
3.1 新天地という触媒──トレード
近年はMIP直前にトレードを経験する例が目立ちます。新環境は役割と責任の再定義をもたらし、USG%の増加に直結します。(例:マルカネン、オラディポ、ダニエルズ)
3.2 権力の真空──主力の不在が生む継承
高USG%のスターが去る/離脱すると、後継者が役割を吸収します。(例:シアカム、マクシー、イングラム)
3.3 システムショック──コーチング/役割再定義
新HC就任や役割の再設計が飛躍を解凍します。(例:ランドル)
第4章:2025-26 MIPパワーランキング──ゲノムの適用
4.1 スクリーニング方法論
- デモグラフィック:22〜26歳、キャリア3〜5年目以外を除外。
- スターダム:既往のオールスター経験者を除外。
- ベースライン:2024-25に45試合未満の出場者を除外。
- 触媒特定:25年オフに明確な触媒を経験したかを確認。
4.2 2025-26 MIPパワーランキング
1位:ジョシュ・ギディー(シカゴ・ブルズ)
プロフィール:23歳/5年目。2024-25:14.6 PPG, 8.1 RPG, 7.2 APG
触媒:シーズン中にラビーン/デローザン退団で役割がメインハンドラーにシフト。ASB以降は21.0-9.9-9.1級まで伸長。25-26は開幕から中核設計が前提。
物語性:「内部での権力継承」×「役割変化」。燻っていた才能が機会で開花する王道パターンで、最有力。
2位:アウサー・トンプソン(デトロイト・ピストンズ)
プロフィール:23歳/3年目。2024-25:8.5 PPG, 6.4 RPG, 1.9 APG
触媒:守備アイデンティティの確立と新体制。スターター定着後、チームDRTGが改善。新体制で守備価値が再評価、シューティング指導による効率改善期待。
物語性:守備は既にエリート寄り。PPG15前後までの上積みで改善幅が大きく見える好例。
結論
MIPは一見主観的ですが、デモグラフィック×統合指標×物語的触媒の三点を組み合わせれば予測に再現性が生まれます。機会の窓は22〜26歳・キャリア3〜5年目。飛躍の経路は量の増加が最短ルート。最大の触媒はトレードと権力の真空です。本ゲノムを2024-25データに適用した結果、ジョシュ・ギディーが最有力という結論に至りました。


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